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2007年7月23日 (月)

故宮本顕治氏 「敗北の文学」を読んで

 7月18日午後2時30分頃、日本共産党元中央委員会議長、宮本顕治氏が老衰のため98歳で亡くなりました。

 10年くらい前に一度読んだ「敗北の文学」を再読してみました。

 宮本氏は論文を書く動機について、「自分たちの中にも芥川氏がいる」、芥川氏との距離を明らかにすることこそ、プロレタリアートとしての任務であるという認識の下、考察を始めます。

 宮本氏は、芥川氏の中に矛盾した二つの自己のあること、「理智と情熱の相克に苛まれた人」として、高い文学的評価の裏に「精神的陰影の陰り」のあることを見出します。その上で彼の作品から、芥川氏が芸術と現実社会、ロマンティシズムとリアリズムの間で揺れ動いていく軌跡を辿ります。更に、後期の作品においては、芥川氏がその矛盾した二つの自己の一方、すなわち理智(理性)からの脱却を試みようと、自己を整理しようとしたことが伺える、と指摘。しかし、宮本氏はその試みを「嫌悪によって混乱した自己を完全に整理」し得るはずはなく、「変革の意思を欠いた社会批判は、結局、疲労ののち、最初の出発点にかえるより外はない」と、バッサリ切り捨てます。

 最後に宮本氏は、芥川氏の文学が「自己否定の漸次的上昇の表現」であって、未だ「階級的土壌」の上にあると結論付けます。その一方で、芥川氏が他のブルジョア芸術家とは一線を画していたとして、その上で、なお彼の文学を批判しきる「野蛮な情熱」を持たねばならない、と締めくくります。

 20歳で書かれたというこの論文。

 透徹な分析と、自分自身への試練を課すともいえるこの短い論文に、宮本氏のその後の波乱に満ちた生涯を彷彿させるものがあると感じたのは、私だけではないのではないでしょうか。

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コメント

最近「蜘蛛の糸」、「「敗北」の文学」を読み返してみました。
当方ブログよりリンク貼らせていただきました。ご連絡まで

投稿: banzai | 2009年3月25日 (水) 06時51分

評論家の加藤周一氏が宮本顕治氏の死に際して談話を寄せています。
 戦後すぐ、明るい希望に満ちた解放感にふれた宮本顕治と百合子。これにふれて加藤氏は、「武者小路実篤は敗戦で虚脱状態に陥ったと言ったが、それは解放感とは逆方向である。宮本顕治・百合子夫妻とこの白樺派の人道作家の違いを示している」と喝破しています。さらにこう続けています。
 「戦争が終わり世界中が喜んでいるのに日本人だけが茫然自失状態だった時に、宮本さんは世界の知識人と同じように反応することができた」
 宮本氏は『敗北の文学』の最後をこう結んでいました。
 「『敗北』の文学━そしてその階級的土壌を我々は踏み越えて往かなければならない」
 宮本氏は『敗北の文学』で書いたこの決意を実践した。加藤氏の談話を読みながらその重さをにあらためて気づかされた思いです。

投稿: 播州平野 | 2007年7月23日 (月) 22時46分

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